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双手の打つ音を聞く

然らば隻手の打つ音は如何に?

ふむ。
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禅の公案?

jimさんが何故つぶやかれたのか気になります。サリンジャーの「ナインストーリーズ」の冒頭にも引用されていることばですね。そういえば、そんなタイトルのエッセイ集もあったような気がします

Re: 禅の公案?

おお、さすがラ・フランスさんはお分かりでしたね。おっしゃるとおり九つの物語の序にある言葉です。誰か分かる人いるかなぁと思って書きました。書くことがなかったので……ふむふむ。

白隠禅師という人の言葉だそうですよ。ラ・フランスさんはこの言葉をどう捉えますか?

no subject

サリンジャーの「バナナフィッシュにうってつけの日」やグラス家サーガを考え合わせると、なんでもない心の音を聞けと言った解釈が一般的だと思いますが、良くも悪くも仏教的な無意識の領域の「気づき」が中心にあると思います。逆説的にいえば、問いが隠遁すれば答えも隠れてしまっていいのかという合理的な考え方への警鐘を発しているようにも思えます。

Re: no subject

私はどうしてもこの文が短編集の最初にある意味が分からないんですよね。
確かに二つの手を合わせるように心の中で一つの手を打ち合わせたら音が鳴るような気がしますね。不思議な感覚です。

私はこの短編集を読むと、存在しないものが存在しているって変な日本語ですけど、そう感じるんです。だから無音が鳴るってことかなと解釈してました。空の思想にも繋がるし。ある物事を書くときに、それ自身について語るのではなくて、周りを埋めるような方法で書かれてあるのが、文章として大きな力を持つことが多々あるから、この人もそれを信条として持っていたのかなという妄想です。

言葉というのはデジタルな硬いものなので、我々の感覚をそこにこめるのは危うく、テクニックがいることだと思います。だから、語ってもしょうがないと思いながら、しかし何かに向かって書くのだと思うんですが、そういう中で合理的な解釈の否定というのも、うーん、考えると面白いですね。特にバナナフィッシュは何もかも突然だし。

私がこの短編集で一番好きな場面は、シーモア・グラスがエレベーターの中(だったかな?)で女性にからむところです。「僕の足が見たかったら……」って部分が大好きです。なぜかは分かりませんが。

とにかく謎ですね。ラ・フランスさんの解釈も聞けてよかったです。ふむ。
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あまり書きたくないんですが、厄介な時代なので。
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