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自作シナリオ考

ここで書く最後の考察です。

この頭を冷やしていた一週間で気がついたのですが、私のシナリオの特徴は、『リズムが抑制されていること』ではないでしょうか。jimという作者の特性は、流れていくストーリーに介入して、積極的にブレーキをかけ、それによってストーリーの持つ魔力のようなものが彼にとって一番いいと思われるタイミングで発散できるようにコントロールする能力ではないか、という考えです。性急過ぎるストーリーテリングは私はあまり好みません。だから周りにある物、草とか酒のグラスとか雨垂れとかを使って、無意識に視点を止めていた。実はこれが肝なのではないか、と。つまり、文章の巧い下手でもなく、ストーリーの奇抜さでもない。それは面白さの核ではない。文章とストーリーだけでは足りないのです。

私は以前、同じ本を何度も読む、というようなことをここで書きました。それも同じことで、おそらく、私の生理的リズムに合うような作者でないと集中して読めない、ということだと思うのです。ライトノベルの話をこのブログで書いたとき、ある方からメールを頂き、『凝視』という話を聞きました。それはライトノベルには会話と説明の文章があるが、古い流れの小説にはそれに加えて『凝視』があるというものでした。それは『描写』であり、ストーリーの流れを止めるためのものだ、という話です。私がライトノベルがうまく読めないのは、スピードが速すぎてついていけない、というところにあるのかもしれません。

とすると、私が追求する分野は、流れているものをコントロールする力。抑制力。書きたいものを書かないで取っておく技術。自分を捨てて流れを読み、ストーリーの魔力に奉仕する構造。そういうことになると思います。それがもっと巧くなったら、私のシナリオはもっとすごいところまでいけるのではないか、とそう考えています。あるいはもっと楽に自然に書けるかもしれない。もちろんシナリオは生物だから無意識の力を借りなければいいものは作れないけれど、頭の片隅にあればそれに頼ることもできるだろうし、できたものを評価するには分かりやすい指針です。この考えは、全く気がつきませんでした。ブログ初めてよかったぁ~。自分一人じゃ思いついていませんでした。

『雪』は話の枠組みはもうだいぶ前から出来ていて、登場する人物も決まっていたのですが、上で書いたようなコントロールがうまく行かずに、長いあいだ完成させることが出来ませんでした。けれども『流れを止める』ことを意識して話をもう一度書いてみると、比較的自然にストーリーを伝えることが出来ました。
ずっとシナリオの評価で言われてきた、『文章力』という言葉は、文章のことではないんじゃないかな、と僕はいま考えています。文章はもっと単純でもっと機械的なものだからです。(結局、文章とは『何を書くか』と『どう書くか』の二つの問題しかない。)画家でいえば筆とかパレットとかキャンバス、そういうもの一式です。ある読み物シナリオで『文章力が高い』と言うとき、それは文章のことではなく、もっと別の何か・・・そこに確かにあるんだけど名状しがたい存在感・・・構造とか徳とか美意識とか、そういうようなものを総合した何か、ではないでしょうか。僕は『文章力』という言葉がシナリオの評価で使われるのが嫌いなんですが、それはその『名状しがたい何か』を『文章力』と一言で言い表してしまうのは乱暴すぎるような気がしていたのでしょう。
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